どうもタテです。
タイトルの通り、この度結婚しました!
妻とは3年間の交際を経ての入籍しました。
彼女にはお付き合いしている時に母が亡くなっている事を伝えてました。そして父の葬儀にも出席してくれ本当に僕の心を支えてくれました。
ご存知の通り僕ら兄弟は、家族が増える喜びよりも先に「家族を亡くす」という経験を先にしています。
そんな僕らが「新しく家庭を持とう」と思えたのは、両親が作ってくれた家庭が、本当に楽しくて幸せなものだと感じさせてくれていたからだと思います。
これからは僕も、妻(通称:ヨメメ)と、両親に自慢できるような「おもろくて楽しい家庭」を築いていこうと思います。
今回は、そんな僕らの結婚式での出来事をお話しさせてください。
式場探し 〜決め手はおもてなし〜
6月頃に互いの両親に報告し、ヨメメのご両親からも承諾をいただいて結婚が決まると、まずはゼクシィカウンターへ。アドバイスをもらいながら、見学する式場を選びました。
二人の中で「ここがいいな」という大本命はありつつも、比較のために3つほど見学することに。
その中には、僕が大学生の時のゼミの先生が設計した式場もあり、「ここが見たい!」と言ってくれたヨメメの希望で見学先に加えました。
見学先では豪華な試食を味わってランチ代を浮かせたり、アマギフをもらったり。
「…これ、行けるだけ行ってご飯とギフトカードをもらいまくれば最強なのでは?」という悪い考えが一瞬よぎりましたが、もちろん常識の範囲内で見学を終えました(笑)。
結果、やっぱり二人の第一候補だった式場に決まったのですが、僕個人の最大の決め手は料理の最後に出されたデザートプレートでした。
なんと、ヨメメのスマホについていたTWICEのキャラクター「ラブリー」を、スタッフさんがササッとプレートに描いて出してくれたのです。
短い見学時間のなかで僕らの好きなものを察知し、キッチンに連携してサプライズをしてくれたおもてなしに、一発で心を掴まれました。
この時点で「ここにしよう!」と決意し見積もりをもらって、すぐに父へLINEで連絡しました。
父からはすぐに返信が来て

分かりました。長崎の親戚にも結婚が決まったことを連絡してください。
お車代、宿泊代の用意も忘れずに

了解です。ご支援お願いします(笑)
僕も冗談まじりに返信し、僕らの結婚式計画が本格的にスタートしました。
度重なる延期を経て、「10対3」の顔合わせ
結婚が決まり、両家の顔合わせを計画していたのですが、ここから予期せぬ出来事が続きます。
別の記事でお話してますが、7月に長崎の祖母が亡くなり、そして9月、父が急逝しました。

両家の顔合わせについて父とは話していたものの、結局、両家の親が初めて顔を合わせたのは「父の葬儀」の場になってしまいました。
父が生前、「ヨメメのご両親の年齢はどのくらい?」と気にしながら、それなりに心の準備をしていた様子を思い出します。
その後、妹の退院のタイミングなども重なり、年が明けた1月にようやく正式な顔合わせを行うことができました。
ヨメメは「末っ子長女」で、我が家と全く同じ家族構成。ただ、ヨメメの上のお兄さん2人はすでに結婚されていてお子さんもいるため、ヨメメ家は合計10人。
対する我が家は3人。
完全に数的不利なフォーメーションでの顔合わせとなりました(笑)。
しかし、ここで嬉しい驚きが。僕の弟と、ヨメメ家の次男さんが「同じ次男同士」という共通点からか、めちゃくちゃ会話が弾んでいました。
10歳ほど年齢差がある2人が楽しそうに盛り上がっている姿を見て、両家ともに驚きつつも、終始なごやかで楽しい顔合わせになりました。
挙式当日 〜弟妹からの力強い送り出し〜
式場を決めてから約9ヶ月。4月末、ついに挙式当日を迎えました。
最初は「まだ時間あるし余裕ぶっこいてて大丈夫っしょ」と高を括っていましたが、後半は例に漏れずバタバタ。
なんとか無事に当日を迎えられてホッとしました。
朝7時前に会場入りし、衣装合わせやメイクを済ませ、ゲストが来る前に2人だけで会場内のいくつかの場所で撮影。親族が到着したら予行練習をして……と、あっという間に挙式本番の時間に。
チャペルの扉が開いた瞬間、目の前に広がるたくさんの大切な人たちの顔。自分たちで招待しておきながら、その人数の多さと、わざわざ集まってくれたことへの感謝で胸がいっぱいになりました。
普通の結婚式なら両親にしてもらうことが多い「ジャケットセレモニー」と「ブートニア」ですが、僕は弟にジャケットを羽織らせてもらい、妹にブートニアを挿してもらいました。
そして牧師さんの元へ歩き出す瞬間、2人から背中を「バチンッ!」と力強く押され、チャペルに小さな笑いが起きて僕の入場は終了(笑)。我が家らしくて最高でした。
続いてヨメメが登場。彼女は終始きらきらした笑顔で入場し、お義父さんから少しぎこちなく、でも大切に託されるようにヨメメの手を取り、壇上で夫婦の誓いを立てました。
僕は緊張しすぎて、このあたりの記憶がほぼありません笑

弟妹の目がウルウル…
挙式が終わり、ザ・結婚式!なフラワーシャワーへ。出席してくれた親戚や友人から「おめでとう!」の声をもらいながら階段を降り、無事に挙式が結びました。
最後に全員で集合写真を撮るというタイミングで、ふと横に立つ弟と妹を見ると、2人の目が完全にウルウル。
特に、弟が感動して泣いている姿なんて初めて見たので本当に驚きました。
後から理由を聞くと、親族だけで控室に集まったタイミングで、伯母さんが両親の写真に向かって「今日、ここに出席したかったよねぇ〜」と話しかけているのを聞いて、一気に涙腺が崩壊したとのこと。妹は、そんな弟の姿につられて涙が溢れたと言っていました。
披露宴 〜最高のオープニングと友人スピーチ〜
披露宴は、オープニングムービーが流れてからの再入場。
実はこのムービー、数年前に僕が出席した友人が作ってくれたものです。忙しい中、超特急で仕上げてくれたのですが、プロ顔負けのハイクオリティ!式後に何人ものゲストから「あのムービー凄かったね」と大絶賛されました。本当に持つべきものは友。何かめちゃくちゃ良いお礼を考えないとです😁
また、友人代表スピーチは披露宴の後半に来ることが多く、スピーチをしてくれる友人がそれまで緊張してご飯を楽しめないのは申し訳ないな、と思っていました。
そこで、「乾杯の挨拶」と「新郎友人代表スピーチ」を同じ友人に兼任してもらうという強行突破に出ました(笑)。
大役を担ってくれた友人のスピーチの締めの一言。
「これからもタテとは飲みに行かせて欲しいです。二度と終電を逃させないので、よろしくお願いします!」
このタイミングで、僕は友人と一緒にヨメメの方を向いて深々と頭を下げました。
この瞬間、周りからどう見えていたのか、後日届く結婚式の記録ムービーを見るのが今から楽しみです。

退場は兄弟3人で
あっという間に時間は流れ、お色直しのための退場へ。
僕らは新郎新婦ともに、それぞれの兄弟と一緒に退場することにしました。
僕ら3兄弟が前に並び立った瞬間、会場から「デカ!?」というざわめきが(笑)。
すかさずそれぞれの身長を言って「両親も170cmくらいあったので、並ぶと身内からは『ちょっとした壁』と呼ばれています」と自己紹介を挟みました。
司会者の方から「弟妹への想い」を聞かれましたが、ここも緊張で何を話したか覚えていません(笑)。
披露宴の後、友達から「タテ、兄弟の中で一番小さかったんちゃう?」と言われ、177cmある自分が一番ミニサイズになる我が家の遺伝子の強さを再確認しました。

ヨメメの希望で、急造バンド結成!

お色直しで再登場し、ドレスの色当てクイズで盛り上がった後は、いよいよ余興の時間。
年末年始にヨメメから、
「たまに部屋でギター触ってるんやから、来てくれる人に自分の好きなことを見せないと。だからバンド演奏してよ!」
と言われたのがキッカケでした。
年明け早々、学生時代のバンド仲間に連絡を取り、なんとかメンバーを招集。ただ、みんな関西圏外に住んでいたり、親になっていたりと忙しく、全員で一度もスタジオ練習をできないまま当日を迎えることに。
演奏したのは、KANA-BOONの『シルエット』と、フレデリックの『オドループ』の2曲。
『シルエット』は学生時代に何度も演奏した思い出の曲ですが、『オドループ』は完全なる初挑戦。
僕はこれまで人生で一度もMCをしたことがなかったので、「あれ、昔一緒に組んでたときのボーカルってどうやって曲始めてたっけ…?」と分からなくなり、結局「じゃあ、始めま〜す」とゆるくスタート(笑)。
出だしこそ少しゴタついたものの、なんとか2曲とも全力で演奏しきりました!
世代にドンピシャな選曲だったこともあり、たくさんのゲストが手拍子で楽しんでくれて、何よりメンバー自身が「楽しかった!」と言ってくれたので、本当にやって良かったです。

エンディング 〜「これまで通りのタテ」でいたかったから〜
楽しい余興も終わり、最後の歓談ののち、いよいよ式はクライマックスへ。
新婦の手紙に続き、両親・弟妹への記念品贈呈。ヨメメはご両親へ「体重米」を、僕は弟妹へ「食器と体験ギフト」を渡しました。
そして、最後の新郎謝辞(閉会の挨拶)。
ここで僕は、自分の両親が他界していることに触れました。母は僕が大学生の頃に病気になり4年前に他界したこと。そして父は、この結婚式が決まったことを知りながら、数ヶ月前に他界したこと。
実は、僕が両親を亡くしていることを知っていたのは、親戚を除くとごく一部の友人だけでした。そのため、この謝辞の瞬間が、多くの友人たちへの「カミングアウト」の瞬間となりました。
披露宴のあとのお見送りで、友人から「なんで今まで言ってくれんかったん?」と言われました。
僕の中で、友人たちには「両親を亡くした可哀想なタテ」ではなく、これまで通りのバカ話ができる「いつものタテ」として繋がっていたかったのだと思います。
でも、こうして最高の式を一緒に作ってくれた最高の友人たちなら、たとえ先に話していたとしても、きっとこれまで通り変わらずに接してくれていただろうな、と今なら思えます。
僕とヨメメが結婚式のテーマに掲げていたのは「お涙頂戴は無し!」
お互いに終えるまで一滴の涙も見せず、笑顔のまま、無事にテーマを達成して式を終えることができました。
結婚式をしてみて
終わってみて今、心の底から「結婚式は本当にやって良かった」と感じています。
入籍して「結婚式をどうするか」という話になったとき、僕らの中に「しない」という選択肢はありませんでした。
僕は昔から母に「式典やお祝い事はちゃんとしておきなさい」と言われていたのもありますし、何より大きかったのは、両親が他界したとき、僕の中に「両親が見ていない景色を、俺が見る」という目標ができたからです。
結婚式には、学生時代のバイト先の店長や、昔からお世話になっているU家の皆さんも駆けつけてくれました。幼少期から学生時代、そして今に至るまでに出会った大切な人たちに囲まれて、自分がいかに多くの人に支えられて生きてきたかを改めて確認できる時間になりました。
ヨメメも結婚式を終えたあと、
「もし周りに迷ってる人がいたら絶対『やるべき!』って言うし、なんなら全人類すればいいと思う。それくらいやって良かった!」と大絶賛していました(笑)。
僕も全く同意見です。
もし、費用面や色々な事情で決断できず迷っている方がいたら、ぜひ一歩を踏み出してやってみてください。
本当に、結婚式は良いものです😁



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