【母ロス】母を亡くして3年、母ロスと共に生きる

母の事

どうもタテです。

母と死別して、今日で3年が経ちました。

結果から言うと僕は母ロスを克服していません

実際、母の命日である今日の朝。

たまたま母が亡くなった日をもう一度体験する夢をみて、早朝しかも4時30頃に目が覚めました。

母が亡くなったのは午後4時32分で12時間ほど前ですが、似たような時間に目が覚めました。

起きると、たまに起こる軽い過呼吸と落ち着きを失った状態になりしばらくリビングをウロウロし、水を飲み1時間ほどで落ち着きを取り戻せました。

母のいない生活が馴染んできましたが、時より寂しくもなります。

道を歩いていると、母と娘さんが一緒になって買い物をしているのを見たり

友人の結婚式に出席した時に、家族写真を両家が揃って撮っているのを見たり

仕事で母と同じくらいの年齢の方が、息子や娘の話をした時に羨ましく思うことがあります。

母が生きていればこういう会話をしていたのかな、妹と母で買い物をしたり女どうしだからできる話もあっただろうなと考えたりします。

なので母ロスを克服、乗り越えることを諦め、母を亡くしたということを変な例えですが僕の手にホクロがあるのと一緒で、僕の特徴、個性と思って生きていくことに決めました。

本当にホクロがわずらわしく嫌になる時がきたら、手術でもして取ればいいと考えるようにしました。

今の状態を簡単にお話しすると3つです。

  • 3年経った今も母ロス
  • 不定期に悲しみが襲ってくることを受け入れる
  • 家族も母を亡くしたが元気な姿で生活することを意識してる

母を亡くしてこの3年間を振り返って見ようと思います。

スポンサーリンク

母ロス

「母ロス」この言葉を知ったのは、母の病気がわかってX(旧:Twitter)を始めた時に知りました。

芸能人が結婚した時に「ロス」を使う言葉だと思っていましたが、本当に誰かを亡くした時に使う発想はありませんでした。

「母ロス」で検索をすると、自分と同じくらいの年齢で母を亡くしている人がいて自分が一人ではないことを知ることができました。

普段の生活で似た境遇の人に出会うことはありませんがネットの世界では出会えたので居場所ができて安心したのを覚えています。

Xを始めて何度かやり取りをした方、スペースを使って話たりして互いが今考えていること状況を話し合えて母が闘病中は助けられました。

顔を知らないから話せることもあり、嫌なことがあってもSNS上の付き合いなのでブロックすれば良いという状態なのでリラックスして話すことができました。

今でも話た人のことを覚えています。

僕より少し年上で母がALSの方、母と同い年でお母様がご病気の方、僕と同い年の看護師をしている方、同じ年くらいでお母様が病気で精神が不安定な状態ながらもお子さんが生まれた方。

他にもたくさんの人と出会い、僕や家族のことを応援してくださる方がいます。

「母ロス」このワードで検索をして少しずつですが自分のコミュニティーが広がったので良かったと感じています。

死別を経験して

母を亡くした経験から大きく感じるのは自分の価値観の変化です。

仕事や普段の買い物で価値観の変化を感じます。

以前は人付き合いの為にお土産を買ったりすることが無かったのですが、妹の学校のチームメイトに買ったり、友人に買ったりと

昔、母がやっていた人との付き合いでやっていたことを意識してやるようになりました。

他にも花を買うようになったり、仕事で出会う人、会社の人や普段の生活で接する人に対して思いやりが一層持てるようになりました。

以前の僕が思いやりが無かったという訳ではないですが、人の仕草に気を配るようになりました。

自分の人生というものを考えいつかくる自分の死まで、後悔しないように生きようと思うようになりました。

悲しみが津波のように

死別後つらかったのは、突然くる悲しみです。

今朝みた夢のように、こればっかりは対策や心の準備もなく襲ってくるので毎回、メンタルにきて胸が押しつぶされる感覚が嫌でした。

特に最初の半年〜1年1年半がキツかったです。

ネットで調べたら死別から立ち直るのに1~2年かかると書いてましたが、本当に人によると思います。

例えば僕の場合、お母さんと娘さんが歩いているのを見た事をきっかけに、母が亡くなってどれくらい経ったかふと計算してしまった時に、

「あ、もう1年半経つのか」と思ってしまった時、胸が苦しくなります。

他にも突然、悲しみが津波のように心を襲い、波が引くように僕の中にある何かをさらってしまう。

妹は母の月命日がくると「母ちゃんが逝って○ヵ月になるね。○日になるね」と連絡をくれます。

妹も普段から母に元気な姿を見せることを意識して生活を送っているから僕に連絡をくれているんだと思います。

まとめ

僕は母ロスを乗り越えるのではなく、共に生きることにしました。

津波のようにやってくる悲しみは、心を襲い、心の何かをさらっていきますが

いつか母と同じ向こうに行った時に、母が知らない世界、僕の経験を話せるように生きて行こうと思っています。

  • 3年経った今も母ロス
  • 不定期に悲しみが襲ってくることを受け入れる
  • 家族も母を亡くしたが元気な姿で生活することを意識してる

きっと父、弟、妹も同じ考えだと思います。

もし父に新しいパートナーが出来たとしても、僕や弟、妹が結婚して子供ができたとして

世間一般的な事が我が家では無理だとしても、母に話せるネタが増えたと、明るく生活していけると思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました