母の葬儀でも笑いを忘れない父

家族の話

どうもタテ(@tate1997ZA8f)です。

今回は父について少しお話したいと思い書かせて頂きました。

内容は主にタイトルの通りです。天然なの分かりませんが母の姿との別れの時でも身内に対して、笑いを取る父が少し良いなと思ったので書かせて頂きました。

母の葬儀 〜前編〜
どうもタテです。 今回は母の葬儀をするまでと、当日のことについてお話しさせて頂こうと思います。 大まかな内容としましては、今回我が家は母が向こうにいき直ぐに葬儀とはなりませんでした。 理由は、妹が熱を出し検査を受けた所、 コロナの陽性反応が...
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礼服

母が病気になり入退院を繰り返していると家族としては少しずつ覚悟し始め父は僕らに「礼服の準備をしておけよ」と言い、礼服を買いに行きました。

どんなものが良いのか分からないまま、お店の人と相談しながら実際に使う1年くらい前に購入しました。弟はギリギリ許されるかなっていう程度のリクルートスーツで挑むと言ったので購入はしませんでした。

父と2人で買いに行きスーツ屋に行き父はダブルの礼服、僕はシングルの礼服を購入しました。父はお腹が出ていているので余裕を見て購入をしました。

ご想像の通り

なのにも関わらず当日の朝、僕らに「ネクタイは、靴は大丈夫か」とかなり念を押して僕らに確認を取らせました。

会場につき父が上着を羽織ると前のボタンが閉まりませんでした。あれだけ僕らに注意していた父の服装が満足にできていませんでした。

この事は受付をしてくれたU家のお母さんにも伝え「もう〜(笑)」というような反応でこんな時でも父は笑いを取りに来るのかと、完璧に母の葬儀をこなせない感じが我が家らしくて、これで良いのかなと思いました。

葬儀でのスピーチは体の前で手を組み、ボタンがとまっているように手とお腹で抑えて行いました。スピーチが始まる頃にはボタンの事はすっかり忘れていましたが終わった後、思い出してクスッとなり少しリラックスするきっかけになりました。

1日目の夜

葬儀の前半が終わり、参加者の涙が一旦落ち着いき食事の時間がきました。ある程度、食事が進みお酒も入ると家族のテンションも上がり、別の記事で書いた我が家の鉄板ネタを皮切りに受付をしてくれたU家の人と色んな話をしました。

【僕の母について】その2 〜我が家の笑い話〜
どうもタテです 今回は前回の続きとしまして 母のことをお話したいと思います。 前回は少し母の過去、暗い内容をお話しました。なので今回は少し明るいお話をできらたと思います。 回転すし屋での出来事 僕が、小学4年生くらいの時だったと思います。 ...

父がテンション高めに、母が花火大会で迷子になった話や、近場でビールのイベントがあったときに僕と妹と母で行きイベントを楽しみ

それなりに気持ちよく酔い帰りに母が僕のTシャツを引っ張りなびかせながら「Yo! say, 夏が胸を刺激する ♪」とT.M.Revolutionの歌を歌いながら機嫌よく帰って、帰宅すると母が風呂桶を抱えた話なんかをしました。

こういう場ならではの感じで母についての話をかなりしました。主に母のやらかし話でしたが、確かにこの世界で生きていた事を確認するような時間になり良かったと思っています。

氷結を片手に弟が

どうしても、こう言った場になると僕ら個人の話になります。例えば僕に付き合っている人はいるのかどうかなど、僕にとってかなり苦手な話題の時間がやってきました。

酒も進み、皆ぶっちゃけ話が出てきたりと話がはずんできました。順番が弟の番になり弟は僕に氷結を片手にしながら

弟

兄ちゃんはもう25でアラサーよな

アラサーで彼女なしはきついって(笑)

タテ
タテ

じゃあ、〇〇(弟)はどうなん?

弟

俺はもう、日本人は諦めた

タテ
タテ

はぁ?

この時の「はぁ?」はその場のみんなが言いました。弟は外国語系の学校に通っていて海外の人と関わる事が多いです。

しかし、この「日本人は諦めた」は弟の痩せ我慢や負け惜しみですが、かなりこの話は盛り上がり今でも話題に上がります。

将来、弟が本当に海外の方と縁があった結婚となるかは分かりませんが、僕より早く結婚しそうですね。(苦笑)

49日法要でも

母の葬儀も終わり自宅で49日法要を行いました。福岡から父の姉夫婦が来てくださり、これでコロナの関係などで母の葬儀には来れなかった父方の親族が大阪に来てくれました。

自宅で母の葬儀の時の話をしてお坊さんを待ちました。母の事を惜しんでくれましたし他にも色々して下さって助かりました。

お坊さんが到着し出迎えようとした父が立ち上がり、このとき僕が父が着ていたYシャツの首元に「XL」のシールが貼られている事に気づきました。

取った透明なシールを眺めながら妹と2人で「またカッコつかへんとこやったな」と小さな声で話し、また父にリラックスさせてもらいました。

無事に法要が終わり、お坊さんが唱えるお経が九州で聞いていたモノと若干違う感じがしたとか姉夫婦の孫の写真を見たりして皆が元気で大きくなっている姿を見て少し元気をもらいました。

向こうでも妹のバレーボールがいいところまで行っている事など九州でも話になっている事も知り遠くに居ても繋がっていることも実感しいい時間になりました。

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