どうも、タテです。
年が明け、早くも1月が過ぎようとしています。「月日が流れるのはなんて早いんだ」と実感する毎日です。
年末は高校来の友人と集まり、恒例の食事会をしました。お互いの近況や、家庭を持った友人の暮らしぶりなど、定期報告のような話題で盛り上がり、良いリフレッシュになりました。
私事ですが、先日誕生日を迎え29歳になりました。20代に入ってからは誕生日を素直に喜ぶというより、どこか照れくさい気持ちの方が強くなってきたように感じます。お祝いの言葉をいただくのも、少し気恥ずかしいものですね。
20代最後の1年。後悔のないよう、楽しく充実した時間にしたいと思っています。
父の他界
今年一番の出来事は、父の他界です。
死別体験は本当に心身にきます。突然、思考停止になったり難聴ぎみになったり。手にものがつかなかったりします。
葬儀後から49日法要までの流れや手続きは、直近で身近な人を亡くしているので弟妹もやることが分かっていたのでスムーズに進みました。
個人的に感じている母の時と違うのは、まだ実感していない。受け止めきれていないという点です。
実家を離れて1年弱暮らしていたからか手続きや相続、父の実家のある長崎の手続きをしているからか実感していません。
人には「父が他界して、妹の保護者をしています。」「僕の家は両親が他界してまして…」と言うことはできています。
相続
父方の祖母が亡くなって2ヶ月で父が亡くなったので、順番として父がする相続手続きを僕がしています。
全てしているわけではなく、司法書士さんにもお願いをして署名捺印をいくつもしてます。😅
長崎のおばちゃん、福岡のお姉さんと一緒になり祖父母の手続きをして長崎の家や土地などの分け方を決めました。
長崎の相続は3月には終わる予定です。長崎の相続が終われば父の相続。
メドレーのように相続をして何だかんだで、7月には終わらないといけないので、色々と弟妹に協力してもらいながら着実にやっていこうと思ってます。
日本の税金システムがおかしいなと感じる部分があったり、面白いと感じる面もあるなと感じてます。
元々こういう計算は好きな方なので、個人的には楽しく計算できてます。
妹の入院
関西選抜に選ばれた妹でしたが練習中にケガをしてしまい、最初は様子をみていましたが回復する目処が見えず入院、手術することになり左膝の半月板と前十字靱帯の損傷による再建術という手術をしました。
関西選抜に選ばれる前の秋季リーグで、父の葬儀で他の選手より2ゲーム少ない中それなりの成績を残しました。(身内が言うのはおかしいですが。笑)
ただ葬儀の手続きの間、1週間ほど練習していなかった分、筋力が落ちている状態にもかからわず、いつも以上の動きをしたため膝に来たんだと思います。
入院する病院がなぜか家からも、学校からも少し離れた場所で、手続きをしているとその理由が分かりました。
すれ違う子達が部活のTシャツを着ていて、「JUDO」「BASKETBALL」とか書いてました。
「同じような子多いな」と言うと
妹から「だから膝の手術で有名なとこなんよ!」と言われました。
俺、聞いたっけ?と思いつつも妹と雑談をして過ごしました。
看護師さんに呼ばれ、「手術室で担当の麻酔科医と手術で担当する看護師から説明を聞いてもらいます。」といわれました。
僕は「手術室!?」という言葉に驚き、近くの部屋だろうと思っていました。
行ってみると本当に手術室で、大きなスライド扉が開き映画で見たことのある雰囲気の場所でした。
説明室と書かれた丸イスが二つだけの部屋に案内され、麻酔科医と手術中の看護師さんの紹介と説明を受け5分ほどで説明が終わりました。
最後に手術の担当医から説明をすると言われ、別の階にある問診室へ向かいました。
少し待ち案内されると、かなりベテランな雰囲気の先生から説明を受けました。
MRI画像と一緒に模型を使って妹の膝の状態を教えてもらいました。
明日の何時にどんな手術をするのか、中をみて状態によっては靭帯と半月板を両方に処置をすることを教えてもらいました。
太もも裏の腱を靭帯として移植する再建術をすると知り、「スゲー、人間の体ってそんなことできるんや」という感想を持ち、最後に先生に挨拶をして退室しました。
僕は父ではなく、兄です。
入院の手続き、担当医、看護師、リハビリ担当など、スタンプラリーのように挨拶をしに行きました。
そのたびに「お父さん、こちらに記入を」「お父さんが来てくれて心強いね」と、一日に何回言われるんだろうと思うほど。
毎回「兄です」と答えていましたが、手術の説明を受ける頃には「もう父でいいです……」という気持ちになり、訂正するのをやめてしまいました。笑
最初の入院手続きで「ご両親は?」と聞かれた際、妹が困った顔で僕を見たので「母はもうすぐ4年、父は9月に他界しました」と伝えました。
返ってきたのは「それは寂しいね」という言葉。
不思議なことに、今までで一番違和感なく、その言葉を受け取ることができました。
これまでは、人からかけてもらった言葉を素直に受け取れずにいたのですが、自分の中で整理がついたのか、それとも感情を整理しすぎてしまったのか。
「寂しいね」という言葉がスッと入り、「そうですね。兄妹でやっていきます」と自然に返事をしている自分がいました。
編み物セット
妹が入院中は暇だと部活で聞いたらしく、編み物セットを準備してました。
何を作るのか聞いたら、あみぐるみを部活の人数分作るらしく張り切ってました。
妹は昔からビーズアクセサリーを作ったり、プラ板で色々作ったりと手先が器用なのであっという間で作ってしまうだろうなと思います。
転職をしました。
先月12月に転職をしました。
生前、父に報告した際には「また職を変えるんか(笑)」と呆れられてしまいましたが😅、今回で3社目の挑戦になります。
これまでは「収入アップ」を目的にしたこともありましたが、今回は「職場環境」を重視しての決断でした。職種は変えず、あくまで「場所」を変える形での転職です。
業務内容は前職と同じなので、進め方の違いにさえ慣れてしまえば、すぐに即戦力として馴染むことができました。さらに、以前一緒に働いていた知人が今の職場にいることもあり、精神的にもかなり心強い環境です。
現在の職場は上場企業の子会社。いわゆる「独立系」だった前職に比べると少し堅苦しさはありますが、意外にも自分の性分には合っているなと感じています。
カルチャーショック
新しい環境に入ると、「え、これって普通じゃないの?!」という驚きの連続ですよね。
設計事務所から今の職場に転職した僕が、リアルに衝撃を受けた「カルチャーショック」を2つ紹介します。
「定時」に人が消える……!?
まず一番の衝撃は、みんなが定時で帰ることです。
新入りの僕が早く帰れるのは分かるんですが、他部署の人たちまで当たり前のように定時で上がっていく光景を見て、正直フリーズしました(笑)。
というのも、前職はゴリゴリの設計事務所。図面の納期や打ち合わせに追われて、終電帰りが「日常茶飯事」な世界にいました。
「定時=帰る時間」という当たり前のルールが、今の僕には新鮮すぎて、違和感と感動が混じった感覚でいます。
「オフィスで爪を切る音」が聞こえない
もうひとつ、地味に驚いたのが『社内で爪を切る人がいない』こと。
「いや、普通いないでしょ」って思うかもしれませんが、僕がいた1社目・2社目では、デスクでパチンパチンと爪を切る人が普通にいたんですよね。だからそれが世間の当たり前だと思っていました。
今の会社に来て、ふと周りを見渡した時に「あれ、誰も爪切ってない……」と気づいた時の衝撃といったら(笑)。
「何かで爪が欠けたから切る」とかならわかるんですが、日常のルーティンとしてオフィスで爪を切る光景は、実はちょっと特殊だったんだなと、転職して初めて気づかされました。
入社して2週間で欠勤
心機一転頑張るぞ!と意気込んだ12月。
ところが、入社とほぼ同時に妹の入院と手術が重なるという事態に。
入社してわずか2週間。もちろん有給休暇なんて1日もあるわけもなく…
いきなり2日間欠勤するという、なかなかの強メンタルな新人デビューを果たしてしまいました(笑)。
ハプニングからのスタートでしたが、家族を優先させてくれる優しい職場で本当に良かったです。
早く新しい環境に完全に馴染めるよう、ぼちぼち頑張っていこうと思います!


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