【母の他界】母の病状を家族に伝える

母の事

どうもタテ(@tate1997ZA8f)です。

母が向こうに逝きました。

今回はその時のことについて少しお話します。

メンタルが不安定なまま書いているところもあるので、

変な文章な所もあるかと思いますが、ご了承ください。

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いつもの夕食の終わりに

まず最初に説明させて頂きたいのですが、

11月に母の余命宣告を受けその内容を知っていたのは父と僕だけです。

父は弟には軽く母がヤバイ事「もしかしたら年内かも」としか伝えておらず、

妹には「母の病気は一生残るもので治らない病気」とだけ伝えていました。

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そんな時、3月末父が話をするから夜の予定を空けて欲しいと言われました。

いつものように家族4人揃って、夕食を食べ終わって父から話を切り出しました。

少し明るい感じで、ちょっとおちゃらける様な感じで

父

ここでお話があります!母ちゃんを家に戻そうと思います

かなり、容態が悪いので家で見る事にしました

不安な表情をしながら妹が

妹

手術は?どうなるの?

タテ
タテ

もうしない

父

手術はもうしません、一緒に時間を過ごします

弟

・・・・

この時父と僕の言葉が重なってしまい余計に妹を不安にさせてしまったなと、今となっては反省してます。

妹は少し間をあけて、泣き「嫌や」と言いながら、隣にいた僕の膝の上で少し泣きました

弟は「手術をもうしない」という言葉が出て部屋を出ました。

妹

兄ちゃんは知ってたん?

少し僕は嘘をつき

タテ
タテ

俺も昨日知った

こう答えました。こう答えるしかありませんでした。

それから少しそれぞれが一人の時間を過ごし、僕は風呂に入り一人になりました。

少し時間が経って皆、落ち着くことができました。

Youtubeに感謝

これは本当に個人的な感謝になってしまうのですが

妹とリビングにいて互いに会話をしたいが、話題が見つからない時間が過ぎていきました。

そして妹から声をかけてもらい

妹

Youtubeを見ない?

僕はこの話を受け、少し前に妹に薦めたYoutuberの動画を見る事にしました。ご存知の方がいたら嬉しいいのですが、この時見た動画は

マリマリマリー三人称の動画を見ました

1時間弱ですが動画を見ることで互いに和やかな空気になりましたし、少しクスッと笑う事が出来ました。

この場をかりて感謝をお伝えします。

次の日

この日いつものように朝、会社に向かい業務を行っていました。朝、10時頃父から電話がきました。

父

今から病院に来て欲しい

前日に家族で話し合った次の日の出来事になってしまいました。

その一言でこの時は昨日の今日で呼ばれるとは思わず

崩れそうな足、頭が真っ白になりただ電話をしながらカバンに荷物を詰めていました。

上司には母の事を少し話をしていたので病院に行く事をだけを伝え向かいました。

全然、病院に着かない

猛ダッシュで駅に向かい、自分の体力・走力に腹を立てながら電車に乗ることができました。

いつもなら、こんな事は感じなかったんでしょうが、あまりにも電車が遅く感じ

運転手の人に「降りたい駅まで飛ばして向かってくれ、僕が降りる駅以外は通過してくれ

なんて言いたい気持ちが頭を駆け巡っていました。

乗り換えもまたダッシュで向かったのですが、

来て欲しいタイミングで来ずイライラしながら、来た電車に乗り

病院の最寄駅まであと3駅ほどになる頃僕の情緒は不安定になり、開く扉の前でソワソワしていました。

この時の僕を見ていた人が電車にいたら相当、変な感じの青年がそこにはいたかと思います。

この時の僕のTwitterは実況中継の様に投稿をし、相当やばいやつだったと思います。

駅に着き、その頃には僕の体力がなく走りたいのに足が回らず角を曲がり

病院が見えた時ラストスパートで走りきり病院の受付に着き

タテ
タテ

緊急で呼ばれてきました!

と息を整える事なく伝え病室へ向かいました。

母の姿

病室に入り父だけが先に着いていて、父にフェイスガードを渡されつけました

父は母の鼻元に酸素吸入器を近づけていました。

母はいつものように右目をガーゼで抑えられていて、

開いている左目は左右に揺れ動いていて焦点があっていませんでした。

大きく変わっていたのは髪で、かなり無くなっていました。

時より父が近づけている吸入器を時より手で除けようとしていました。

僕はどうしたらいいか分からずにいましたが、こんな時にも映画で知った事が頭をよぎりました

ジャック・ニコルソン、モーガン・フリーマン、が出ていた「最高の人生の見つけ方」です。

映画の中でモーガン・フリーマンが奥さんに唇を濡らしていたシーンがとっさに出ました。

そこで僕は病室にあったタオルに持っていた水を湿らせ、母の唇を濡らしました

すると母の目に少し魂が入ったように見えました

父

乾いてたか、そうかそうか…

と母に問いかけていました。

僕の趣味である映画鑑賞が役に立って良かったと感じました。

母の目の前で僕は手を動かし、それを母の目がおっていたのを確認し嬉しくなりました。

弟・妹が到着

少し時間が経って弟妹が到着しました。

ラインで実況中継のように、どこにいて何分で着くのかチャットをしながら、

なんとか5人同じ病室で揃う事が出来ました。

僕がなんとも言えない顔をした二人にフェイスガードを渡しました。

少しして、主治医の方の呼ばれ父と僕は別室に向かい

弟が吸引機を近づける役を代わり、妹は唇を濡らす役を代わり病室を出ました。

別室では、母を家に連れ帰るとの話だったが

血圧の上が80代なので今夜が山になるであろう事

もし泊まるとなったら父が残り見る事を決めたりしました。

時間は20分無かったと思います。

病室に戻り、少し落ち着いた僕は弟妹の顔を見る事が出来ました。

弟は瞬きをほとんどせず、母の顔を見ていて

妹は不安な表情のままキョロキョロしていました。

声の掛け方が分からず時間が少し流れていきました

母は一生懸命に息をしていて、虚ろな半開きの目を左右に揺らし少し手を出して動かすと

その手を追いかけるように視線を合わせてくれていました。

母に僕ら全員が揃った事が分かってくれたんだと思います。

今回はここまで

今回は前編となってしまいましたが

  • 我が家は、家族5人で母の死に目に会えたこと
  • 母に対して趣味の映画鑑賞が役にたったこと

この事についてお話しました。

後半も出来るだけ早くお話しできるように頑張っていこうと思います。

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